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「氷河っ!」
石段を上りかけたとき、白羊宮から貴鬼が飛び出してきて氷河の腕をつかんだ。
「今、ムウ様とニホンのお菓子を食べてたんだよ。氷河も好きだろうから、ちょっと寄っていきなよ。」
そう言うと、氷河の返事も待たずに、背中の聖衣箱をぐいぐいと押した。
「いいのか? 急にお邪魔して?」
「何言ってんだよ。いいに決まってるよ!」
貴鬼とはなじみの仲である。
アスガルド、海王戦という二つの戦いが、彼らを結び付けた。
氷河としてはかわいい弟分という気持ちだが、実のところ貴鬼には秘めた想いがある。
「氷河のことは、オイラが守る。」
氷河がもう二度とあんなつらい思いをしなくていいように、自分ももっと強くなりたい。
氷河がもう二度とあんな風に困らないように、彼女もちゃんと見定めてやりたい。
そんな貴鬼の想いなどつゆほども知らぬまま、氷河は白羊宮の回廊を押されていった。
貴鬼と菓子を食べるのはいいとして、ムウと対面するのは少し緊張する。
そうでなくても口下手な氷河は、あのすべてを見透かすような藤色の瞳に見つめられると、何を話したらよいのかわからなくなってしまうのだ。
カミュと一緒のときは、別に沈黙は怖くない。
なのに、ムウの前では、何を話せばよいのかと気ばかり焦ってしまう。
そんなことを考えているうちに、氷河はムウの私室に押し出された。
「ムウ様ぁ、氷河を連れてきました。」
奥の椅子に腰かけて一人茶を啜っていたムウは、静かに茶碗をテーブルに置いた。
と、向かいの椅子がひとりでにスッと動いた。
「どうぞ、お掛けなさい。」
「すみません、お邪魔します・・・。」
「ほら、これ、ニホンのお菓子なんだろ?」
氷河に日本茶を差し出しながら、貴鬼がテーブルの上を指差した。
皿の上にぽっちりと載っているのは、甘納豆である。
何か、どこかで、見たことはある。
しかし氷河も、食べたことはない。
「老師にいただきましてね。」
それで思い出した。
紫龍の部屋に、あったのだ。
「どうぞ。」
「いただきます。」
一粒つまんで口に運ぶ。
甘いものは嫌いではない。
いや、むしろ大好きだ。
口に含むとざらざらとした砂糖の触感があり、口の中に濃い甘みが広がった。
うまい。
しかし、地味なうまさだ。
「おいしいですね。」
「ええ、なかなか。」
「あ、あの・・・聖衣、おかげさまで調子いいです。」
「ま、女神の血によるのでしょうね。」
「あ、星矢たちも、近いうち聖域に来ると言ってました。」
「そうですか。楽しみですね。」
妙なプレッシャーを感じて、氷河はすがるように貴鬼の方をみた。
貴鬼は尊敬する師匠と大事な氷河が話すのを、ニコニコと見守っている。
「氷河、アマナットウ気に入ったんだね。」
「え、あ、ああ・・・。」
見れば皿はほとんど空になっている。
気に入ったかどうかは別として、手持無沙汰でついつい食べ過ぎてしまった。
そろそろ退出してもいいのだろうか、しかし食べるだけ食べてすぐに席を立つのも失礼だろうし・・・。
そう思っている間に、貴鬼がお茶のおかわりをついでくれた。
ついでに皿の上にも、ざらざらと甘納豆が追加された。
「あ、お湯。オイラ、向こうで沸かしてきますね。」
頼みの綱である貴鬼が行ってしまうと、ますます沈黙は重く感じられた。
氷河は頭の中の抽斗を引っ掻き回し、話題を探した。
思い当ったのはひとつだけ。
それが話題として、正しいのかどうかはわからない。
それでも黙っているより良いのではないかと、氷河は思い切って口にした。
「あ、あの、眉・・・。」
「眉?」
つまんだ甘納豆に目を落としていた氷河は、ムウの目が一瞬暗く光ったのに気付かなかった。
「シオンも貴鬼も、あなたと同じなんだと思って・・・。」
ムウはフッと小さく笑うと、口を開いた。
「私は、教皇を務めかつ聖衣の修復にも優れた技術を持ち、私をここまで導いてくれた大恩ある師シオンを大変尊敬しているのですよ。ですから、シオンと同じこの眉の形は、師への尊敬の念の表れとでも言いましょうか・・・。貴鬼も、私からは何も言っていませんが、ちゃんとわかっていてくれているようで、幼いながらも真似てくれているのですよ。」
そこまで言ってムウは、ぐっと身を乗り出して氷河を見据えた。
「あなたの師匠も、特徴的な眉毛をしていますけどねぇ・・・。師への敬意など、表す必要はないと?」
カミュの足跡すら拝みかねない氷河が、カミュを尊敬していないわけがない。
聖域の人間なら誰もが知っていることで、これ以上表されても鬱陶しいだけである。
そんなことは百も承知で言ってやると、白磁の肌はみるみる朱くなった。
「オ、オレ・・・そんな風に考えたことありませんでした。」
「そういうのは、人から言われる前に自分で考えなければ。」
で、でも、あの眉毛にするのはちょっとやだな・・・。
お年頃の氷河はちょっぴりそんなことを考え、しかしそれがひどく不敬なことのような気がして頭を振った。
「今からでも遅くはありませんよ。なんならお手伝いしましょうか?」
どこからか飛んできた毛抜きを手にすると、ムウは莞爾と微笑んだ。
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「氷河っ!」
石段を上りかけたとき、白羊宮から貴鬼が飛び出してきて氷河の腕をつかんだ。
「今、ムウ様とニホンのお菓子を食べてたんだよ。氷河も好きだろうから、ちょっと寄っていきなよ。」
そう言うと、氷河の返事も待たずに、背中の聖衣箱をぐいぐいと押した。
「いいのか? 急にお邪魔して?」
「何言ってんだよ。いいに決まってるよ!」
貴鬼とはなじみの仲である。
アスガルド、海王戦という二つの戦いが、彼らを結び付けた。
氷河としてはかわいい弟分という気持ちだが、実のところ貴鬼には秘めた想いがある。
「氷河のことは、オイラが守る。」
氷河がもう二度とあんなつらい思いをしなくていいように、自分ももっと強くなりたい。
氷河がもう二度とあんな風に困らないように、彼女もちゃんと見定めてやりたい。
そんな貴鬼の想いなどつゆほども知らぬまま、氷河は白羊宮の回廊を押されていった。
貴鬼と菓子を食べるのはいいとして、ムウと対面するのは少し緊張する。
そうでなくても口下手な氷河は、あのすべてを見透かすような藤色の瞳に見つめられると、何を話したらよいのかわからなくなってしまうのだ。
カミュと一緒のときは、別に沈黙は怖くない。
なのに、ムウの前では、何を話せばよいのかと気ばかり焦ってしまう。
そんなことを考えているうちに、氷河はムウの私室に押し出された。
「ムウ様ぁ、氷河を連れてきました。」
奥の椅子に腰かけて一人茶を啜っていたムウは、静かに茶碗をテーブルに置いた。
と、向かいの椅子がひとりでにスッと動いた。
「どうぞ、お掛けなさい。」
「すみません、お邪魔します・・・。」
「ほら、これ、ニホンのお菓子なんだろ?」
氷河に日本茶を差し出しながら、貴鬼がテーブルの上を指差した。
皿の上にぽっちりと載っているのは、甘納豆である。
何か、どこかで、見たことはある。
しかし氷河も、食べたことはない。
「老師にいただきましてね。」
それで思い出した。
紫龍の部屋に、あったのだ。
「どうぞ。」
「いただきます。」
一粒つまんで口に運ぶ。
甘いものは嫌いではない。
いや、むしろ大好きだ。
口に含むとざらざらとした砂糖の触感があり、口の中に濃い甘みが広がった。
うまい。
しかし、地味なうまさだ。
「おいしいですね。」
「ええ、なかなか。」
「あ、あの・・・聖衣、おかげさまで調子いいです。」
「ま、女神の血によるのでしょうね。」
「あ、星矢たちも、近いうち聖域に来ると言ってました。」
「そうですか。楽しみですね。」
妙なプレッシャーを感じて、氷河はすがるように貴鬼の方をみた。
貴鬼は尊敬する師匠と大事な氷河が話すのを、ニコニコと見守っている。
「氷河、アマナットウ気に入ったんだね。」
「え、あ、ああ・・・。」
見れば皿はほとんど空になっている。
気に入ったかどうかは別として、手持無沙汰でついつい食べ過ぎてしまった。
そろそろ退出してもいいのだろうか、しかし食べるだけ食べてすぐに席を立つのも失礼だろうし・・・。
そう思っている間に、貴鬼がお茶のおかわりをついでくれた。
ついでに皿の上にも、ざらざらと甘納豆が追加された。
「あ、お湯。オイラ、向こうで沸かしてきますね。」
頼みの綱である貴鬼が行ってしまうと、ますます沈黙は重く感じられた。
氷河は頭の中の抽斗を引っ掻き回し、話題を探した。
思い当ったのはひとつだけ。
それが話題として、正しいのかどうかはわからない。
それでも黙っているより良いのではないかと、氷河は思い切って口にした。
「あ、あの、眉・・・。」
「眉?」
つまんだ甘納豆に目を落としていた氷河は、ムウの目が一瞬暗く光ったのに気付かなかった。
「シオンも貴鬼も、あなたと同じなんだと思って・・・。」
ムウはフッと小さく笑うと、口を開いた。
「私は、教皇を務めかつ聖衣の修復にも優れた技術を持ち、私をここまで導いてくれた大恩ある師シオンを大変尊敬しているのですよ。ですから、シオンと同じこの眉の形は、師への尊敬の念の表れとでも言いましょうか・・・。貴鬼も、私からは何も言っていませんが、ちゃんとわかっていてくれているようで、幼いながらも真似てくれているのですよ。」
そこまで言ってムウは、ぐっと身を乗り出して氷河を見据えた。
「あなたの師匠も、特徴的な眉毛をしていますけどねぇ・・・。師への敬意など、表す必要はないと?」
カミュの足跡すら拝みかねない氷河が、カミュを尊敬していないわけがない。
聖域の人間なら誰もが知っていることで、これ以上表されても鬱陶しいだけである。
そんなことは百も承知で言ってやると、白磁の肌はみるみる朱くなった。
「オ、オレ・・・そんな風に考えたことありませんでした。」
「そういうのは、人から言われる前に自分で考えなければ。」
で、でも、あの眉毛にするのはちょっとやだな・・・。
お年頃の氷河はちょっぴりそんなことを考え、しかしそれがひどく不敬なことのような気がして頭を振った。
「今からでも遅くはありませんよ。なんならお手伝いしましょうか?」
どこからか飛んできた毛抜きを手にすると、ムウは莞爾と微笑んだ。
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