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聖域での言い訳も、なくなってしまった。
暗黒聖闘士を封ずるための仮面が消失している以上、調査はそこで終了だ。
氷河の怪我もほぼ治った。
彼が聖闘士を目指すのならば、聖域に連れて行こうかとも考えた。
だが、下手をすれば反逆者として殺されかねない。
今の聖域では。
ただ一つの救いは彼がここの言葉を理解するということだ。
もし彼に縁者がいなかったとしても、ここならば多少の顔はきく。
氷河は外で薪を割っている。
朝、カミュが取りかかったところで声を掛けられた。
「そうやって割ればいいのか。」
覚束ない手つきではあるが、力だけはあるので何とかなっているようだ。
少しはこの国で過ごしたことがあるのだろうか。
寒さとの付き合い方は知っているように見えるのだが。
「昼食にするぞ。」
ロシア語で話しかけると、氷河は振り返って戻ってきた。
「やっぱりだ。君はここの言葉を知っている。話して御覧? 唇は覚えているだろう?」
「・・・忘れた。」
「それでもヒアリングはできるな?」
氷河はうつむいて、じっと押し黙った。
ロシア語を話すのはこわい。
それは否応なく母と過ごした日々を思い出させる。
優しい返事を待ちそうになるのがこわい。
「頼みたいことがあるのだ。」
昼食をとりながらカミュが言った。
「昨日、スノーモービルを借りた家を覚えているだろう? 昼食が済んだら、そのお礼を届けてきて貰いたい。」
何故俺が?と、氷河は露骨に嫌な顔をした。
「今日のうちに仕上げねばならぬ仕事がある。私からだと言って貰えればわかる。」
不機嫌そうに眉を顰めたまま、それでも氷河は食器をさげると新しいコートを手に取った。
「カミュに頼まれてきました。こちらをどうぞ。」
道中繰り返してきた言葉を戸口で告げる。
中からは老婦人が現れて、まぁまぁと包みを受け取った。
「スノーモービルを借りたお礼です。」
「まぁ、お礼だなんて気を遣わなくていいのに。ああ、ちょっと待って、今パンを焼いているの。寒いからあがって頂戴。」
「え、でも・・・。」
婦人の陰から子供がとびだして、氷河の手をひいた。
「ああ、ヤコフ。お客様をご案内して。」
ヤコフと呼ばれた子は、にっこりと人懐っこい笑みを浮かべた。
「お兄ちゃん、こっちだよ。」
部屋に入ると香ばしい匂いにつつまれた。
老婦人がサモワールでお茶を淹れ、氷河に差し出した。
たっぷりと添えられたジャムを、カップに落とす。
「あと少しで焼けるのよ。沢山焼いたから少し持って行って頂戴ね。」
「ね、お兄ちゃんも聖闘士なのかい?」
「あ、いや、ちがう。」
「そっかぁ。でも、カミュのところにいるんだろう?」
「・・・うん。」
「それだけでも、すごいや。」
「ね、このお菓子も美味しいんだよ。」
言われるがまま、氷河はそれを手に取って口に運んだ。
あまい。
ほろほろと口の中で解けたそれは、どこか懐かしい味がした。
「ね、美味しいだろ?」
「うん。すごくおいしい。」
「ああ、ほら、上手に焼けたわ。」
老婦人はそう言って、まだ湯気の上がるパンを見せた。
「そのお菓子も沢山あるわ。気に入ったのなら、持って行って頂戴。」
結局、持っていった缶詰よりもずっと多い荷物を持たされて帰ることになった。
「オイラが送ってやるよ。」
そう言ってヤコフはソリを引き出してきて犬につないだ。
送ってもらうのはいいが、それでは帰りはこの子一人になってしまう。
心配して氷河が老婦人を見ると、彼女は柔らかくほほ笑んだ。
「この子は、カミュとアイザックが大好きでね。時々お邪魔させていただいているんですよ。慣れた道だから大丈夫。」
「それならよかった。」
「あなたもまた来て頂戴ね。アイザックが卒業してしまってさみしい思いをしていたけれど、またあなたのような子が来てくれて嬉しいわ。」
犬がせわしなく尾を振って、氷河の膝に足をかけた。
屈んでそっと撫でてみると、気をよくしたのか頬をぺろぺろと舐めた。
ヤコフの犬ぞりに乗って氷河が帰ってきた。
両手に抱えきれないほどの荷物を持っている。
「またこんなに沢山。すまないな。おばあさんに礼を言っておいてくれ。」
「うん。」
ヤコフは誇らしげに返事をした。
「ヒョウガ、また遊びに来てね。」
「うん。ありがとう。」
犬が、氷河の足に鼻先をつける。
氷河はしゃがみこむと、その犬の頭をなでた。
犬は氷河の肩に顎をのせて、満足そうに眼を細めた。
「こいつらも待ってるって。」
「うん。」
氷河のロシア語は、少し幼いがちゃんとしている。
いつもの尖った言葉とはあまりにも違っていて、カミュは小さく笑みをこぼした。
大丈夫だ。きっとここでもやっていける。
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聖域での言い訳も、なくなってしまった。
暗黒聖闘士を封ずるための仮面が消失している以上、調査はそこで終了だ。
氷河の怪我もほぼ治った。
彼が聖闘士を目指すのならば、聖域に連れて行こうかとも考えた。
だが、下手をすれば反逆者として殺されかねない。
今の聖域では。
ただ一つの救いは彼がここの言葉を理解するということだ。
もし彼に縁者がいなかったとしても、ここならば多少の顔はきく。
氷河は外で薪を割っている。
朝、カミュが取りかかったところで声を掛けられた。
「そうやって割ればいいのか。」
覚束ない手つきではあるが、力だけはあるので何とかなっているようだ。
少しはこの国で過ごしたことがあるのだろうか。
寒さとの付き合い方は知っているように見えるのだが。
「昼食にするぞ。」
ロシア語で話しかけると、氷河は振り返って戻ってきた。
「やっぱりだ。君はここの言葉を知っている。話して御覧? 唇は覚えているだろう?」
「・・・忘れた。」
「それでもヒアリングはできるな?」
氷河はうつむいて、じっと押し黙った。
ロシア語を話すのはこわい。
それは否応なく母と過ごした日々を思い出させる。
優しい返事を待ちそうになるのがこわい。
「頼みたいことがあるのだ。」
昼食をとりながらカミュが言った。
「昨日、スノーモービルを借りた家を覚えているだろう? 昼食が済んだら、そのお礼を届けてきて貰いたい。」
何故俺が?と、氷河は露骨に嫌な顔をした。
「今日のうちに仕上げねばならぬ仕事がある。私からだと言って貰えればわかる。」
不機嫌そうに眉を顰めたまま、それでも氷河は食器をさげると新しいコートを手に取った。
「カミュに頼まれてきました。こちらをどうぞ。」
道中繰り返してきた言葉を戸口で告げる。
中からは老婦人が現れて、まぁまぁと包みを受け取った。
「スノーモービルを借りたお礼です。」
「まぁ、お礼だなんて気を遣わなくていいのに。ああ、ちょっと待って、今パンを焼いているの。寒いからあがって頂戴。」
「え、でも・・・。」
婦人の陰から子供がとびだして、氷河の手をひいた。
「ああ、ヤコフ。お客様をご案内して。」
ヤコフと呼ばれた子は、にっこりと人懐っこい笑みを浮かべた。
「お兄ちゃん、こっちだよ。」
部屋に入ると香ばしい匂いにつつまれた。
老婦人がサモワールでお茶を淹れ、氷河に差し出した。
たっぷりと添えられたジャムを、カップに落とす。
「あと少しで焼けるのよ。沢山焼いたから少し持って行って頂戴ね。」
「ね、お兄ちゃんも聖闘士なのかい?」
「あ、いや、ちがう。」
「そっかぁ。でも、カミュのところにいるんだろう?」
「・・・うん。」
「それだけでも、すごいや。」
「ね、このお菓子も美味しいんだよ。」
言われるがまま、氷河はそれを手に取って口に運んだ。
あまい。
ほろほろと口の中で解けたそれは、どこか懐かしい味がした。
「ね、美味しいだろ?」
「うん。すごくおいしい。」
「ああ、ほら、上手に焼けたわ。」
老婦人はそう言って、まだ湯気の上がるパンを見せた。
「そのお菓子も沢山あるわ。気に入ったのなら、持って行って頂戴。」
結局、持っていった缶詰よりもずっと多い荷物を持たされて帰ることになった。
「オイラが送ってやるよ。」
そう言ってヤコフはソリを引き出してきて犬につないだ。
送ってもらうのはいいが、それでは帰りはこの子一人になってしまう。
心配して氷河が老婦人を見ると、彼女は柔らかくほほ笑んだ。
「この子は、カミュとアイザックが大好きでね。時々お邪魔させていただいているんですよ。慣れた道だから大丈夫。」
「それならよかった。」
「あなたもまた来て頂戴ね。アイザックが卒業してしまってさみしい思いをしていたけれど、またあなたのような子が来てくれて嬉しいわ。」
犬がせわしなく尾を振って、氷河の膝に足をかけた。
屈んでそっと撫でてみると、気をよくしたのか頬をぺろぺろと舐めた。
ヤコフの犬ぞりに乗って氷河が帰ってきた。
両手に抱えきれないほどの荷物を持っている。
「またこんなに沢山。すまないな。おばあさんに礼を言っておいてくれ。」
「うん。」
ヤコフは誇らしげに返事をした。
「ヒョウガ、また遊びに来てね。」
「うん。ありがとう。」
犬が、氷河の足に鼻先をつける。
氷河はしゃがみこむと、その犬の頭をなでた。
犬は氷河の肩に顎をのせて、満足そうに眼を細めた。
「こいつらも待ってるって。」
「うん。」
氷河のロシア語は、少し幼いがちゃんとしている。
いつもの尖った言葉とはあまりにも違っていて、カミュは小さく笑みをこぼした。
大丈夫だ。きっとここでもやっていける。
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