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「甘いもの屋さん」の続きになります。
氷河に着せたかったアレ・・・そんなにもったいぶることでもなかったんですが、べたなところでコレでした。
別の服装のほうが話の展開上スムーズかとも思いましたが、着せちゃいましたv
宮沢賢治・・・大好きなんですが、こんな妄想話のベースに使ってしまった・・・。
氷河に着せたかったアレ・・・そんなにもったいぶることでもなかったんですが、べたなところでコレでした。
別の服装のほうが話の展開上スムーズかとも思いましたが、着せちゃいましたv
宮沢賢治・・・大好きなんですが、こんな妄想話のベースに使ってしまった・・・。
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木枯らしの吹く季節。
人ごみを抜けてきた氷河は、あったかい紅茶が飲みたいな、と思った。
キョロキョロとあたりを見回してみるものの、あるのはガチャガチャと音楽の流れるファーストフード店ばかり。
氷河とて友人たちと、ファーストフードを楽しむことはある。
しかし今は、そういう気分ではないのだ。
ただ一杯のお茶でいいから、静かに飲みたい。
一端そう思い始めると、どうしても譲る気になれない。
こうなったらもう、戻って自分で淹れたほうがはやいのかもしれないと思いながら、ぶらぶらと屋敷に向かって歩いてゆく。
と、角を曲がったところに、石造りの小さな店があった。
きれいに磨き上げられたウインドウからは、つややかなタルトやショコラケーキの並ぶショーケースが見える。
(こんな店、あったろうか??)
首をかしげつつ、氷河は吸い寄せられるように石段を上がり、重たい木の扉を押した。
その扉に書かれた文字を、氷河は見なかった。
というより、氷河の背後で閉まってから、その文字は浮かび上がったのだ。
喫茶 嘆きの壁
「いらっしゃいませ」
店に入ると、黒いギャルソンエプロンをつけた長身の男が、丁寧に頭を下げた。これはちょっと敷居の高い店に来てしまったのだろうか。メニュー表すらチェックせずに飛び込んでしまったことを、氷河は少し後悔した。ちらりと店内に視線を走らせるが、入口から客の姿は見えない。
「上着をお預かりいたしましょう。」
男はそう言って、音もなく氷河の後ろに回ると、着ていたジャケットを脱がせてハンガーにかけた。
「どうぞ、こちらへ。」
ついてくるように促すと、男は階段を下りてゆく。一つに束ねられた、長く美しい銀色の髪が揺れる。
わずかにフレーバーティの香り。
さっきまでミルクティがいいと思っていたのに、フレーバーティも悪くないと思う。オレンジの紅茶に、ガトーショコラ。
まぁ、財布の中身と相談しての話だが。
階段下の小部屋には、二人掛けのソファが置かれていた。
「どうぞ、お靴を。」
男はソファに氷河を座らせると、自ら編上げのブーツを脱がせた。
「あ、あの、自分でやります。」
恥ずかしそうに氷河は足を引込めようとした。
しかし男は黙ったまま、その仕事を譲る気配はない。
靴下まで脱がせて白い足をあらわにすると、ブーツを靴箱にしまってカタンと鍵を閉めた。
毛足の長い絨毯が、ふわふわと足に心地よい。
日本では、靴を脱いで食事をする店があると聞いたことがある。
けれどもこの店の造りは洋風で、目の前の男も日本人ではない。
何だか、ちょっとおかしい。
「あの、ここ、喫茶店ですよね?」
「ええそうです。ただし、当店は、注文の多い喫茶店でして。」
男は手を差し伸べて氷河を立ち上がらせると、次の部屋の扉を開いた。
白い、陶器の風呂。
湯には、赤い薔薇の花びらが浮かんでいる。
「は?」
「どうぞ。」
どうぞ、ではない。
「俺は、紅茶を飲みに来たんです。そうでないのなら帰ります。」
と、カーテンの陰から声がした。
「おいしく紅茶を召し上がっていただくために、まずは湯あみを。」
その声には覚えがある。
「貴様・・・ミーノス?!」
姿を現したミーノスもまた、ピッチリとアイロンのきいたYシャツに、ネクタイ、黒のベストを身に着けている。
「久しぶりですね。キグナス。不死鳥とのデートにお邪魔して以来でしょうか?」
嫌なことを思い出して、氷河は思わず眉をしかめた。
「・・・ルネ、下がってよろしい。」
その名を聞いて思わず横を見ると、ギャルソンエプロンの男は短く返事をして、ドアの向こうへと消えた。
紅茶一杯飲もうと思っただけなのに、なぜこんな面倒なことになっているのか。
目の前では、ミーノスがうっすらと笑みを浮かべている。
「冥界とは停戦中の筈だが。」
「ですから、戦おうなどとは言っていませんよ。極上のサービスを提供しようと言ってるんです。我々の店に、勝手に入ってきたのは君ではありませんか。」
「・・・普通の、喫茶店だと思ったんだ。」
「ええ、ですから、喫茶店ですよ。まずはお風呂でリラックスしていただいて、それから極上のお茶を。君のために、とっておきのケーキも用意してありますよ。」
「言ってることが無茶苦茶だ。」
「そうでしょうか?」
ミーノスの手元がきらりと光った。
と、氷河の指は意に反して、シャツのボタンをはずしてゆく。
「・・・・・・わかった。風呂に入ればいいんだろう? 本当にただのサービスなんだな? 言っとくが、絶対絶対、覗くなよっ!」
「はい、かしこまりました。」
ニヤリと笑うと、ミーノスは扉の向こうへと消えた。
ぴしゃりと扉を閉め、さらにはカーテンを閉めると、氷河は深いため息をついた。
さっきから、小宇宙を燃やそうとしているのに、思うようにいかない。
多分、結界が張られている。
周囲にはミーノスとルネと、その他にも数人の気配がする。
さて、どうする?
氷河はカーテンにくるまるようにして爪を噛んだ。
相手が何をしようとしているのか、読めないだけにこちらも手の出しようがない。
ただ相手が、相当にタチが悪いということだけは知っている。
とにもかくにもこの場から逃げることだ。
湯船からは、至極のんきに湯気が立ち上っている。
花の甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「ああ、そう言えば、冥界にも匂いを武器にする敵がいたな。たしか、ディープフレ・・・。」
みなまで思い出す前に、氷河は意識を手放していた。
気が付くと、氷河はベルベットの張られた長椅子に上体を預けていた。
服は・・・着ている。
ただしいつもの服ではなくて、ずいぶんとゴワゴワしている。それに、ウエストが妙にキツい。
視界に入るのは、白、白、白。
いやな予感がして、氷河は顔をあげた。
目の前に鏡がある。
そこに映った自分を見て、氷河は呆然とした。
いくらファッションに疎い氷河でも、この服は知っている。
これは、この服は、花嫁さんが着るやつだ!!
ふんわりとスカートを床に広げたまま、座り込んで途方に暮れていると、鏡に人影が写った。
「なかなか似合っているではないですか。何だか君自身が生クリームののったケーキみたいですね。」
「・・・ミーノス、貴様、何の悪ふざけだっ!」
「ハーデス様が君を気に入っているようなので、差し上げようかと。」
そのための演出なのか、氷河の腰には大きなリボンがあしらわれている。
「気がすすみませんか?」
「当たり前だ。」
「では、私のもとに嫁いでみますか?」
「は??」
あらわにされた肩に置かれた手を、氷河は振り払った。
その手は意外にもあたたかかった。
「こんな真似をして、ただで済むと思うなよ!」
「大丈夫でしょう。たかが青銅の一人くらい。」
「たかが青銅・・・ではないことを一番よく知っているのはお前ではないのか?」
静かな声が響いた。
ドアが開いて、現れたのは黒い髪の少女。
「キグナス、結界は解いた。」
表情を変えぬまま、可憐な唇は静かにそう言った。
氷河は、構えると小宇宙を高めた。
白いドレスの裾が広がるように、部屋はみるみるうちに凍り付いてゆき、壁一面に張られた鏡が割れた。
「女神との間でことを荒立ててはならぬと、ハーデス様から言われている。どうするのだ?ミーノス?」
ミーノスはふぅ・・・と、残念そうにため息をついた。
「・・・仕方ありませんね。貴方の恋敵を、減らして差し上げようと思ったのに。」
パンドラの頬が、ごくわずかに歪む。
「私は、このようなやり方は好まない。」
「つくづく不器用な方ですね。ま、貴方がそう言うなら、撤退いたしましょう。」
パンドラが手にしていた鉾で床を叩くと、氷河の身体は光に包まれた。
そうして気が付くと、屋敷近くの空き地の前に立っていた。
しかし残念なことに、服だけはさっきのまま。
「悪かったな。」
振り返ると、パンドラの姿。
「助けてくれたのだろう。礼を言う。・・・・・・だが、着替えがない。」
途方に暮れた様子の氷河を見て、パンドラがくすりと笑った。
「似合っているのだから、いいではないか。」
パンドラが笑うのが、氷河は嬉しい。
ハーデスに家族を奪われてから、ずっと世界が灰色に見えていたと。その気持ちが氷河には痛いほどわかる。
だからほんのわずかでも、彼女が笑うと嬉しい。
そのためなら一輝など、いくらでも持ってってくれと思うのだが。
「一輝が見たら・・・きっと喜ぶな。」
この誤解をどう解くべきかと思いながら、氷河はため息をついた。
「こういうのは、貴方が着て見せればいいだろう。」
そう言うと氷河は、頭についていたティアラを外してパンドラに手渡した。
「言っておくが、俺にこういう趣味はないんだからな。」
「そうなのか。」
「当たり前だっ!」
さて。屋敷まではおよそ500メートル。
氷河は前方を睨むと、ドレスの裾を持ち上げた。
「じゃあ・・・、まぁ、元気で。」
それだけ言うと、シンデレラよろしく走り去っていった。
裏門のカギを壊す。
誰にも気づかれないように、氷河は腕力だけで引きちぎった。
そうして植栽に紛れながら、建物へと入るチャンスを伺う。兎に角誰にも見つからずに、部屋に逃げ込まなければならない。
幸い、裏の通用口に星矢たちの姿はなかった。
が、しかしなんでだか辰巳がうろちょろしている。
もういっそ、殴り倒して気絶させようか。
そんなことを思いながらも、氷河は辛抱強く待った。
美しく剪定されたコニファーの陰を、横ばいに歩きながら注意深く近づいてゆく。
が、前方にばかり気を取られていた氷河は気が付かなかった。
背後のベンチで昼寝していた男が、今まさに目を覚ましたことに。
真っ赤に紅葉した西洋楓の大木に肩を預けて、氷河が屋敷を睨んでいる。
引き締まった口元と鋭い眼光、その表情は一輝には見慣れたものだ。
ただし、純白のウエディングドレス姿は初めて見る。
肘の上まであるつややかな白の手袋をはめて、左手で白のパンプス、右手でドレスの裾を掴んだまま、真剣そのもの表情で前を伺っている。
なんでこんなことになっているのか、一輝にはさっぱりわからない。
ただ、似合っていることだけは確かだ。
耳の横で、ふわふわとカールさせた髪がかわいい。
あらわにされた首筋から、背中にかけてのラインがきれいだ。
と、赤く染まった楓の葉が、一枚落ちてきて氷河の背をかすめた。
びくりとして、氷河は振り返る。
ねじっていた体をまっすぐに、木の幹に背中をつけるようにすると、ベンチで頬杖ついている一輝と目が合った。
「な・・・。」
ずるずるとその場にしゃがみこむと、氷河は手のひらで頭を押さえた。
「面白い格好をしているな。」
「もとはと言えばお前のせいだっ!」
氷河は渾身の力をこめて一輝を蹴り飛ばした。
人ごみを抜けてきた氷河は、あったかい紅茶が飲みたいな、と思った。
キョロキョロとあたりを見回してみるものの、あるのはガチャガチャと音楽の流れるファーストフード店ばかり。
氷河とて友人たちと、ファーストフードを楽しむことはある。
しかし今は、そういう気分ではないのだ。
ただ一杯のお茶でいいから、静かに飲みたい。
一端そう思い始めると、どうしても譲る気になれない。
こうなったらもう、戻って自分で淹れたほうがはやいのかもしれないと思いながら、ぶらぶらと屋敷に向かって歩いてゆく。
と、角を曲がったところに、石造りの小さな店があった。
きれいに磨き上げられたウインドウからは、つややかなタルトやショコラケーキの並ぶショーケースが見える。
(こんな店、あったろうか??)
首をかしげつつ、氷河は吸い寄せられるように石段を上がり、重たい木の扉を押した。
その扉に書かれた文字を、氷河は見なかった。
というより、氷河の背後で閉まってから、その文字は浮かび上がったのだ。
喫茶 嘆きの壁
「いらっしゃいませ」
店に入ると、黒いギャルソンエプロンをつけた長身の男が、丁寧に頭を下げた。これはちょっと敷居の高い店に来てしまったのだろうか。メニュー表すらチェックせずに飛び込んでしまったことを、氷河は少し後悔した。ちらりと店内に視線を走らせるが、入口から客の姿は見えない。
「上着をお預かりいたしましょう。」
男はそう言って、音もなく氷河の後ろに回ると、着ていたジャケットを脱がせてハンガーにかけた。
「どうぞ、こちらへ。」
ついてくるように促すと、男は階段を下りてゆく。一つに束ねられた、長く美しい銀色の髪が揺れる。
わずかにフレーバーティの香り。
さっきまでミルクティがいいと思っていたのに、フレーバーティも悪くないと思う。オレンジの紅茶に、ガトーショコラ。
まぁ、財布の中身と相談しての話だが。
階段下の小部屋には、二人掛けのソファが置かれていた。
「どうぞ、お靴を。」
男はソファに氷河を座らせると、自ら編上げのブーツを脱がせた。
「あ、あの、自分でやります。」
恥ずかしそうに氷河は足を引込めようとした。
しかし男は黙ったまま、その仕事を譲る気配はない。
靴下まで脱がせて白い足をあらわにすると、ブーツを靴箱にしまってカタンと鍵を閉めた。
毛足の長い絨毯が、ふわふわと足に心地よい。
日本では、靴を脱いで食事をする店があると聞いたことがある。
けれどもこの店の造りは洋風で、目の前の男も日本人ではない。
何だか、ちょっとおかしい。
「あの、ここ、喫茶店ですよね?」
「ええそうです。ただし、当店は、注文の多い喫茶店でして。」
男は手を差し伸べて氷河を立ち上がらせると、次の部屋の扉を開いた。
白い、陶器の風呂。
湯には、赤い薔薇の花びらが浮かんでいる。
「は?」
「どうぞ。」
どうぞ、ではない。
「俺は、紅茶を飲みに来たんです。そうでないのなら帰ります。」
と、カーテンの陰から声がした。
「おいしく紅茶を召し上がっていただくために、まずは湯あみを。」
その声には覚えがある。
「貴様・・・ミーノス?!」
姿を現したミーノスもまた、ピッチリとアイロンのきいたYシャツに、ネクタイ、黒のベストを身に着けている。
「久しぶりですね。キグナス。不死鳥とのデートにお邪魔して以来でしょうか?」
嫌なことを思い出して、氷河は思わず眉をしかめた。
「・・・ルネ、下がってよろしい。」
その名を聞いて思わず横を見ると、ギャルソンエプロンの男は短く返事をして、ドアの向こうへと消えた。
紅茶一杯飲もうと思っただけなのに、なぜこんな面倒なことになっているのか。
目の前では、ミーノスがうっすらと笑みを浮かべている。
「冥界とは停戦中の筈だが。」
「ですから、戦おうなどとは言っていませんよ。極上のサービスを提供しようと言ってるんです。我々の店に、勝手に入ってきたのは君ではありませんか。」
「・・・普通の、喫茶店だと思ったんだ。」
「ええ、ですから、喫茶店ですよ。まずはお風呂でリラックスしていただいて、それから極上のお茶を。君のために、とっておきのケーキも用意してありますよ。」
「言ってることが無茶苦茶だ。」
「そうでしょうか?」
ミーノスの手元がきらりと光った。
と、氷河の指は意に反して、シャツのボタンをはずしてゆく。
「・・・・・・わかった。風呂に入ればいいんだろう? 本当にただのサービスなんだな? 言っとくが、絶対絶対、覗くなよっ!」
「はい、かしこまりました。」
ニヤリと笑うと、ミーノスは扉の向こうへと消えた。
ぴしゃりと扉を閉め、さらにはカーテンを閉めると、氷河は深いため息をついた。
さっきから、小宇宙を燃やそうとしているのに、思うようにいかない。
多分、結界が張られている。
周囲にはミーノスとルネと、その他にも数人の気配がする。
さて、どうする?
氷河はカーテンにくるまるようにして爪を噛んだ。
相手が何をしようとしているのか、読めないだけにこちらも手の出しようがない。
ただ相手が、相当にタチが悪いということだけは知っている。
とにもかくにもこの場から逃げることだ。
湯船からは、至極のんきに湯気が立ち上っている。
花の甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「ああ、そう言えば、冥界にも匂いを武器にする敵がいたな。たしか、ディープフレ・・・。」
みなまで思い出す前に、氷河は意識を手放していた。
気が付くと、氷河はベルベットの張られた長椅子に上体を預けていた。
服は・・・着ている。
ただしいつもの服ではなくて、ずいぶんとゴワゴワしている。それに、ウエストが妙にキツい。
視界に入るのは、白、白、白。
いやな予感がして、氷河は顔をあげた。
目の前に鏡がある。
そこに映った自分を見て、氷河は呆然とした。
いくらファッションに疎い氷河でも、この服は知っている。
これは、この服は、花嫁さんが着るやつだ!!
ふんわりとスカートを床に広げたまま、座り込んで途方に暮れていると、鏡に人影が写った。
「なかなか似合っているではないですか。何だか君自身が生クリームののったケーキみたいですね。」
「・・・ミーノス、貴様、何の悪ふざけだっ!」
「ハーデス様が君を気に入っているようなので、差し上げようかと。」
そのための演出なのか、氷河の腰には大きなリボンがあしらわれている。
「気がすすみませんか?」
「当たり前だ。」
「では、私のもとに嫁いでみますか?」
「は??」
あらわにされた肩に置かれた手を、氷河は振り払った。
その手は意外にもあたたかかった。
「こんな真似をして、ただで済むと思うなよ!」
「大丈夫でしょう。たかが青銅の一人くらい。」
「たかが青銅・・・ではないことを一番よく知っているのはお前ではないのか?」
静かな声が響いた。
ドアが開いて、現れたのは黒い髪の少女。
「キグナス、結界は解いた。」
表情を変えぬまま、可憐な唇は静かにそう言った。
氷河は、構えると小宇宙を高めた。
白いドレスの裾が広がるように、部屋はみるみるうちに凍り付いてゆき、壁一面に張られた鏡が割れた。
「女神との間でことを荒立ててはならぬと、ハーデス様から言われている。どうするのだ?ミーノス?」
ミーノスはふぅ・・・と、残念そうにため息をついた。
「・・・仕方ありませんね。貴方の恋敵を、減らして差し上げようと思ったのに。」
パンドラの頬が、ごくわずかに歪む。
「私は、このようなやり方は好まない。」
「つくづく不器用な方ですね。ま、貴方がそう言うなら、撤退いたしましょう。」
パンドラが手にしていた鉾で床を叩くと、氷河の身体は光に包まれた。
そうして気が付くと、屋敷近くの空き地の前に立っていた。
しかし残念なことに、服だけはさっきのまま。
「悪かったな。」
振り返ると、パンドラの姿。
「助けてくれたのだろう。礼を言う。・・・・・・だが、着替えがない。」
途方に暮れた様子の氷河を見て、パンドラがくすりと笑った。
「似合っているのだから、いいではないか。」
パンドラが笑うのが、氷河は嬉しい。
ハーデスに家族を奪われてから、ずっと世界が灰色に見えていたと。その気持ちが氷河には痛いほどわかる。
だからほんのわずかでも、彼女が笑うと嬉しい。
そのためなら一輝など、いくらでも持ってってくれと思うのだが。
「一輝が見たら・・・きっと喜ぶな。」
この誤解をどう解くべきかと思いながら、氷河はため息をついた。
「こういうのは、貴方が着て見せればいいだろう。」
そう言うと氷河は、頭についていたティアラを外してパンドラに手渡した。
「言っておくが、俺にこういう趣味はないんだからな。」
「そうなのか。」
「当たり前だっ!」
さて。屋敷まではおよそ500メートル。
氷河は前方を睨むと、ドレスの裾を持ち上げた。
「じゃあ・・・、まぁ、元気で。」
それだけ言うと、シンデレラよろしく走り去っていった。
裏門のカギを壊す。
誰にも気づかれないように、氷河は腕力だけで引きちぎった。
そうして植栽に紛れながら、建物へと入るチャンスを伺う。兎に角誰にも見つからずに、部屋に逃げ込まなければならない。
幸い、裏の通用口に星矢たちの姿はなかった。
が、しかしなんでだか辰巳がうろちょろしている。
もういっそ、殴り倒して気絶させようか。
そんなことを思いながらも、氷河は辛抱強く待った。
美しく剪定されたコニファーの陰を、横ばいに歩きながら注意深く近づいてゆく。
が、前方にばかり気を取られていた氷河は気が付かなかった。
背後のベンチで昼寝していた男が、今まさに目を覚ましたことに。
真っ赤に紅葉した西洋楓の大木に肩を預けて、氷河が屋敷を睨んでいる。
引き締まった口元と鋭い眼光、その表情は一輝には見慣れたものだ。
ただし、純白のウエディングドレス姿は初めて見る。
肘の上まであるつややかな白の手袋をはめて、左手で白のパンプス、右手でドレスの裾を掴んだまま、真剣そのもの表情で前を伺っている。
なんでこんなことになっているのか、一輝にはさっぱりわからない。
ただ、似合っていることだけは確かだ。
耳の横で、ふわふわとカールさせた髪がかわいい。
あらわにされた首筋から、背中にかけてのラインがきれいだ。
と、赤く染まった楓の葉が、一枚落ちてきて氷河の背をかすめた。
びくりとして、氷河は振り返る。
ねじっていた体をまっすぐに、木の幹に背中をつけるようにすると、ベンチで頬杖ついている一輝と目が合った。
「な・・・。」
ずるずるとその場にしゃがみこむと、氷河は手のひらで頭を押さえた。
「面白い格好をしているな。」
「もとはと言えばお前のせいだっ!」
氷河は渾身の力をこめて一輝を蹴り飛ばした。
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新しい客の姿を見て、ラダマンティスは眉をひそめる。
面倒な奴が来た・・・。
一体何の用があってケーキ屋などに来たのか、長い前髪の男は、部下一名を連れて案内を待っていた。待つ間に店内を見渡した彼は、まずは不死鳥の席を眺めてにやりと笑い、ついでパンドラとラダマンティスに気が付くと、驚いた顔をして軽く目礼し、何か思いを巡らしているようだった。
こいつにだけは見られたくなかったと、ラダマンティスは思った。
ミーノスは店員に何やら告げると、つかつかとこちらへ歩み寄ってきた。そうして不死鳥のそばで立ち止まると、ぶしつけに少女の顔を覗き込んだ。
「何か用か。」
不死鳥が声をかけるが目を向ける気配はない。少女の方はといえば、不自然なほどうつむいてケーキを食べ続けている。ミーノスは少女の顔に手をかけると、無理やり自分の方へと向き直らせた。
いくらなんでも失礼だと、ラダマンティスが立ち上がりかけたところで、ミーノスの声が響いた。
「聖衣を脱いだ君が、こんなにかわいらしいとは思いませんでしたよ、キグナス。」
ギクッと肩をすくめた少女は、やがて開き直ったようにフォークを置くと、ミーノスを睨みつけた。
「これはどういう茶番ですか?場合によっては、許すわけにはいきませんね。」
「キグナス・・・?!」
ラダマンティスは記憶をたどり、そういえばハーデス城に乗り込んできた青銅聖闘士に、生意気そうな金髪の小僧がいたなと思い当った。
あの小僧が、一体何の訳あって、女の格好で不死鳥といちゃついているのか。
そもそも何故ハーデス様は、今日この時間にと指定して、自分にパンドラ様を案内させたのか。
いやな予感がもやもやと形になるのを感じながら顔をあげると、パンドラの視線が刺さった。その瞳は不信の色に染まっていた。
「わ、私は何も知ら・・・。」
上ずった自分の声は、どこか遠くから聞こえてくるような気がした。
カタン、と椅子の音がして、パンドラが立ち上がった。
ラダマンティスは慌ててその後を追う。
パンドラは夜の闇を思わせる深く黒い瞳でまっすぐに一輝を見据えた。
一輝は腕を組み、じっと目を閉じている。
キグナスは唇をかんで、ミーノスを睨んでいる。
女神とは休戦中である。こんな市街地で、神の意志を無視して戦いを再開するわけにはいかない。
「一体どういうことだ。」
とに角事情を整理しようとラダマンティスが口を開いた途端、はじかれたようにキグナスが立ち上がった。
「とぼける気か!卑怯者っ!」
怒りの矛先を見つけて一気に吐き出そうとした言葉を、しかし氷河は飲み込まざるを得なかった。
氷河の背後で立ち上がった一輝が、腕を引いて抱き寄せると深く口づけたからだった。
あっけにとられて開いている唇に、熱い舌が容赦なく入ってくる。
ななな・・・・?!
氷河は羞恥と怒りで、目の前がチカチカした。
張り倒してやろうかと思ったが、がっちりと体を抑え込まれていて、身動きすらままならない。
無遠慮な唇がようやく離れていったとき、氷河はへなへなと脱力しそうになった。
「俺とこいつがつきあっていると、何か問題があるのか。」
耳慣れた低い声が何か喋っている。
「もうずいぶんと前から、こいつは俺のものと決まっている。いきなり割り込んできて、茶番とはずいぶん失礼な言い草だな。」
はったりが得意な奴だとは思っていたが、ここにきてこのクソ度胸はある意味尊敬に値する。しかし、しかし、自分の立場は一体どうなるのだろう・・・?
一輝の腕の中から、氷河はちらりと視線を走らせた。
何やら言葉を失っている風の男二人の間に、じっと唇を噛んでいる少女の姿が見えた。
好きになった男に男の恋人がいたらショックだろう。
しかし好きになった男が、自分との交際を断るために、女装させた男を恋人に仕立ててきたら、もっとショックに違いない。
そんなことをぼんやりと氷河は考えた。
「キグナス、一輝の言っていることは本当か・・・?」
パンドラが小さな声でそう問うたとき、氷河は腕をほどくよう目だけで一輝に伝えると、少女の方にまっすぐに向き直った。
「・・・俺の命は、こいつに預けてある。そうやってずっと、戦ってきた。」
言ってからそれは、嘘ではないと気付く。
この男がいなければ、もうずっと前に、自分は命を手放していただろう。
気付いたら気付いたで猛烈に恥ずかしくなって、氷河は目をそらしてうつむいた。顔が熱い。きっと耳まで赤くなっている。
「・・・フフ・・・」
やがてパンドラの赤い唇から、不敵な笑みがこぼれた。
「まぁ、よかろう。・・・しかし私は、欲しいものは必ず手に入れる女だ。」
挑発的な黒い瞳。美しいなと氷河は思った。
「帰るぞ。」
城戸邸の応接間で、沙織と瞬は向かい合って座っていた。
いや、瞬の姿はしているが、その髪は夜の闇よりも黒い。
「・・・気が済みましたか?ハーデス?」
「まさかミーノスが来るとは思わなかった・・・。」
不満げに呟くと、ハーデスは椅子の背に体重を預けてきしらせた。
女神は薫り高い紅茶を口にすると、優雅にカップをソーサーの上に戻した。
「人間はそれ程単純なものではありませんよ。」
「面倒だな。100年足らずしか生きないくせに、何を悠長なことをやっているのだ。
・・・しかし、あの白鳥は気に入った。」
部屋に戻って、氷河は言葉を失った。
部屋一面、埋め尽くすように飾られた花。
「エリシオンからの花だそうですよ。」
その面倒な世界に、ハーデス自身が足を踏み込んでいないことを女神は祈った。
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